数学の贈り物(森田真生さん)にインスピレーションを受けて~「尾道の本屋」「半農半SW」~

 森田真生さんの「数学の贈り物」読了。数学を糸口に人が生きること、社会について、哲学について、ご自身のこどもが育っていくことについて、教育について、現代に生きる私たちの問い、など1篇1篇が、真実味あふれ、かつ目の前の未来を切り開いていくための数学的な爽快感の感じられる本だった。どの編も素晴らしく、ここに付箋を貼るという意識もなく、流れ星のように読み流れていった。森田さんは私との年代も近いので、現代に生きる私たちの問題意識を言語化している箇所もあり、生きる方向づけをしていくために、現在私たちがいる位置を様々な角度から照らしてもくれている。

 この本は尾道のとある本屋さんに初めて入って、目に留まって買ったのだった。本屋さんも独特な文化的な香りと雰囲気のある本屋さんで、尾道の文化の一部として息づいていた。これから移住で住まいの場所を考えるにあたっては、好きな本屋が身近にあるって大事なことだなと改めて思った。

 本屋は未知への扉(窓)であると内田先生が言ってた気もするけど、まさに未知への窓がきちんと開かれている場所(通路・回路)があることは、自分と社会(世界)が循環して生きていくためにとても重要な資源であると思う。地方移住するにあたっても、そのような地域・社会・世界との循環が無ければ息苦しくなって居心地が悪くなるだろう。だから、文化拠点というのは街にとって死活的に大事なんだと思う。その意味では、尾道はある種の魅力を持っているように思える。

 話は飛ぶが、「半農半ソーシャルワーカー」というのが生き方の一つにできるかと考えた。ソーシャルワークは今の仕事で身に付けようと努力している一つの働く技術である。それは、現代社会の社会的障壁のために生きづらさを抱えている人とつながり、その人の苦しみ・生きづらさを感じとり、今の日本社会の中で、取りこぼされそうになっている人と(孤独死自死・生活困窮・虐待・いじめ・差別・8050問題・ひきこもり・不登校・家族心中・社会的入院・強制入院)つながっていく、生きる希望を失いかけている人とつながって共に生きていくための社会的な技術であろうか。

 そのような仕事(技術)が今の日本社会の中で価値ある事とされているかというと、今までの資本主義社会の中では優先順位としては後回しにされていることかと思う。ただ、これからの人口減少社会・高齢化社会の中を、どのように生き延びて次の世代に繋いでいくのかを問われている現在に生きる私たちにとって、生きる希望が持てる社会はとても大事なことと思う。今の社会はとても、そういう希望が感じられる社会とは言えないと思う。上記のような状況に誰でも落ちうる社会にあって、安心して生きられる社会であるためには、そういう状況にある人とこそ、繋がっていく社会が求められるのでないだろうか。それができる地域で取り組んでいきたい。それは大都市では難しいだろう。